越年闘争
派遣切りによって急増した失業者の年末年始の生活を救うために登場した年越し派遣村についてみていきましょう。
- 年越し派遣村とは
- 日比谷で年末年始を生き抜くをキャッチコピーとして複数のNPOや労働組合によって組織された実行委員会が2008年12月31日から翌2009年1月5日まで日比谷公園に開設されました。
炊き出しや生活および職業相談、生活保護申請などを行い、路上生活で年末年始を送るほかない人々の公共機関の休みの期間の生活の不安に救いの手を差しのべました。
期間中に失業者500人ほどが派遣村を訪れ、ボランティアの参加は1680人ほどでした。
- 派遣村撤去後
- 派遣村の撤去後の1月4日、厚労省と東京都は1月12日まで中央区京華スクエア体育館、中央区十思スクエア体育館、東京都石神井学園用体育館、山谷地域越年越し冬対策宿泊援護事業なぎさ寮を簡易宿泊所として食事も提供しました。
派遣村に集まった人たちの半数近くが生活保護を申請し、受給しました。
その後就労が確認されたのは13人と報じられました。
- 2009年問題
- 2009年末の派遣村は政府の緊急雇用対策として全国各地で実行されました。
中でも東京の国立オリンピック記念青少年総合センターを会場とした派遣村では年末の29日から1月4日まで宿舎と食事を提供し、ハローワークの関係者らも訪れて就職をはじめ住居の相談会もしました。
期間終了後も就労が決まった人はわずかでした。
派遣村では無断外泊を禁じたのにも関わらず562人のうち200人近くも外泊をしたり、職探しに活用するために支給されたお金で酒やたばこを購入し飲酒禁止にもかかわらず飲酒をして退去処分になった人、現金の盗難も発生し利用側のモラルも問われる結果となりました。